第11回 津田大介×アルテイシア対談

この連載は、ヘビーなこともストレスフルなことも楽しくパワフルに切り返すアルテイシアさんが、毎回ゲストの方とジェンダー観やフェミニズムについて語ります。
第11回は政治メディアサイト「ポリタス」を運営しているジャーナリストであり、メディア・アクティビストの津田大介さんです。4回構成の3回目は、SNSでの炎上で追い詰められたこと、そこから抜け出したエピソードについてお伺いしました。

 

追いつめられて自殺を考えた時のこと

アル:「あいトリ」の誹謗中傷がひどくて、炎上慣れしている津田さんでも自殺を考えるほど追いつめられたそうですね。そのとき、お母さんに「逃げていいんだよ」と言われたというエピソードが刺さりました。

津田:父親は左翼の活動家、母親も労働運動で裁判闘争を長く闘ってきた。両親とも闘士だったので、あの一件があったときは「最後まで闘え」と言われるのではと思ってたんですが、彼らも人の親だったんだなと(笑)。

アル:北斗神拳みたいな家じゃなくてよかったです(笑)。

津田:当時は自分の炎上がつらいというより、「表現の不自由展・その後」を含むあいちトリエンナーレ2019全ての企画を見せることがゴールだったのに、それがああいう暴力的な手段で奪われてしまい、さまざまな政治に巻きこまれたことで、その状況を回復するのが難しいことがつらかったですね。

展示が中止された作家は「再開しよう」と言う。もちろんそれに僕も同意するんだけど、愛知県の職員は散々な目に遭ってるので「二度とやって欲しくない」と言って、現場で彼らの大変さを見ている立場としては彼らの気持ちもとてもよくわかる。知事は知事で別の観点から再開できないと言う。関係者全員が正しいことを言ってるんです。その真ん中でひたすら調整を続けてました。

「あいトリ」を開催していた愛知芸術文化センターのバルコニーで電話しながら、ほとほと嫌になって下を見ると「ここから飛び降りたら楽になる」と思ったことが何度かありましたね。

アル:わかります……。私も津田さんとは比べ物にならない小規模炎上でしたが、ネットでデマや誹謗中傷を流されたとき「あー面倒くせ、もう死んじゃおっかな」と思いました。

でもここで自殺したら、大人の女子校(読者コミュニティ)のスタッフの女の子とかショックで病気になっちゃうかも、と思って踏みとどまりました。

津田:僕は死んだあとにどうなるかまで考えられなかったです。

アル:たしかに。限界まで追いつめられると、先のこととか考えられないですよね。

あの時、オンラインハラスメントは人の命を奪うと実感しました。その渦中で、面識のなかった津田さんから「大丈夫ですか? 僕は炎上のプロなので何でも相談してくださいね」とDMをもらって、ものすごく救われました。あのときに助けてもらった鶴です。

津田:いえいえ(笑)。あいトリで炎上したとき、返信なんかする余裕もなかったんですけど、当時もらった知人からの応援のメッセージって本当に支えになったんですよ。だから、あれ以降ネットで炎上した人を見るとついメッセージを送ってしまうようになりました。

アル:うちの父親は自殺してしまったんですが、男性の自殺者数は女性の約2.1倍です。いろんな調査を見ても「人に悩みを話すことに抵抗がある」という男性は多い。

うちの父も死ぬ前に周りの人を遠ざけていたようです。彼はマッチョな体育会系だったので、「男は強くあるべき」という男らしさの呪いから人に悩みを話せず、誰にも助けを求められなかったんじゃないかと。

津田:僕の場合、仕事が楽しいからいまみたいなことやってるのに、「表現の不自由展・その後」が再開できずに終わったら自分はもう人前に出られない、仕事を辞めるしかないと思ってました。

この仕事をしないのだったら生きてる意味があるのかとも考えました。その経験を経て思うのは、人って自分の未来が断ち切られてしまう具体的なイメージが湧いたときに、生きようというモチベーションがなくなってしまうのだと思います。

アル:その頃、周りに弱音や愚痴を話してました?

津田:愚痴を言う感じではなかったですね。どちらにしろ75日で結果が出るので、最後までやるべきことをやろうと思いました。

母親から「逃げていい」と言われて楽になったのは事実ですが、逃げたところでその後の人生を考えたときに何も良い方向に進まないので、逃げちゃダメだとも気づかされました。

アル:「あいトリ」の件に限らず、人に悩みを話すことってありますか?

津田:あまりないですね。何かしら悩みがある状態がデフォルトだし、相談してどうにかなるものでもないので、いつも深く考えないようにしています。そうやってふわっと悩みを持ち続けているうちに、大きな悩みが来ると小さな悩みが消えてしまうんですよ。

アル:なるほど。私は「愚痴と排便は大事」とよく書いてるんですよ。

うんこと同じでネガティブな感情をためこむと病気になるので、ちゃんと排出した方がいい。

「愚痴を言っても解決しない」と言う男性は多いけど、人に話すことでストレスが軽くなって、解決策を考えるためのHPが回復する。ストレス過多になると抑うつ状態や学習性無力感になってしまうので、小出しにして心の健康を保つのが大事だと思います。

悩みがある状態がデフォルトの津田さんは、どうやってリフレッシュしてるんですか?

津田:サウナですね。いまみたいなサウナブームになるずっと前、20代のころからサウナが好きなんです。あとはふて寝ですね。20時間とか寝る(笑)。

アル:ロングふて寝、いいですね(笑)。サウナとか睡眠とかヘルシーなコーピングの方法ですね。

私がずっと続けているコーピングは妄想です。学生時代の通知簿には「授業中いつも上の空です」と書かれてましたが、つらい現実から逃避するためにひたすら妄想してました。セルフ解離していたのかもしれません。

津田:妄想から現実になったものはありますか?

アル:ないです(笑)。「私はニューヨーク生まれの女殺し屋」みたいな設定だったので。妄想は0円で済みますし、リーズナブルなコーピングとしておすすめです。


次回、最終回では、ジェンダー平等が社会にもたらす影響について語り合ってもらいます。


構成:雪代すみれ

 

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津田大介

津田大介

1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ポリタス編集長/ポリタスTVキャスターとして、メディアとジャーナリズム、テクノロジーと社会、表現の自由とネット上の人権侵害、地域課題解決と行政の文化事業、著作権とコンテンツビジネスなどを専門分野として執筆・取材活動を行っている。 主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)、『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)ほか。