第10回 津田大介×アルテイシア対談

この連載は、ヘビーなこともストレスフルなことも楽しくパワフルに切り返すアルテイシアさんが、毎回ゲストの方とジェンダー観やフェミニズムについて語ります。
第10回は政治メディアサイト「ポリタス」を運営しているジャーナリストであり、メディア・アクティビストの津田大介さんです。4回構成の2回目は、ジェンダー観が変わったきっかけについて語っていただきました。

 

脅迫を受けるようになって気づいたこと

アル:ジェンダー観が変わるきっかけはありましたか?

津田:人前でしゃべる仕事をするようになって、意識は変わるようになりましたね。自分の言論活動がきっかけで脅迫文が送られてきたり、暗がりから突然出てきた人に腕をつかまれたりして、警察に相談したことも何度かあります。それから、女性が置かれている立場を考えるようになりました。

アル:それは本当に大変でしたね……めちゃめちゃ怖いですよね。

男性は女性と同じように怖い体験をしないと想像できないのかな?と思うこともあります。

たとえば、夫と夜の海辺を歩いたときに「こんなところ一人では歩けない」と言ったら「ここは変な人なんかおらんやろ」と言われて「そういうとこやぞ」と思いました。

過去に人気のない夜道で性被害に遭った経験があるから、似た状況を避けるようになるし、被害に遭うリスクをつねに気にしなきゃいけない。

いざ被害に遭うと「なぜ自衛しなかった」「そんな場所に行ったから悪い」と責められることも身に染みてわかってるし。

ゴリマッチョな格闘家の夫は、自分が被害者になる可能性をまったく考えていない。考えずにすむこと、気にせずにすむことが特権なんですよ。

津田:イベント前日に殺害予告が届いたりすると、さすがに呑気な僕も気が塞ぎますし、会場でまず非常口をチェックしたり、駅のホームでなるべく後ろに並ぼうとしたり、つねに安全な場所や逃げ場を気にするように意識が変わる。そういう話を女性にしたら「うん、でもそれって女性はいつもだよ」と言われて、ハッとしました。

アル:ボクシング世界王者の男性が、電車で痴漢に遭ったことをX(旧Twitter)に書いてました。「怖すぎて席を離れることしかできなかった」「電車に乗ると加害者のおじさんがいないか探してしまう」といった内容です。

ボクシング世界王者ですら逃げるので精一杯なんだから、「抵抗すればいい」なんて簡単に言うなよと。性被害に遭うと多くの人はフリーズしてしまうし、抵抗したら逆切れされて殺されるかもと思いますよね。

津田:僕もそういう経験がなければ、実感できなかったと思います。

それに加えて、自分のジェンダー観が変わった一番大きな分岐点となったのは、2019年の「あいちトリエンナーレ2019」(以下、「あいトリ」と省略)です。

出展する作家の男女比をジェンダー平等にすると自分で決めて、問題意識を持って調べたら、日本が停滞しているあらゆる原因がジェンダー不平等に集約されていることがわかりました。

社会の公正性を考えてジェンダーの問題を捉えたことで、見えてきたものがたくさんありました。以前から興味を持っていた沖縄と本土の話や、障がい者差別、部落差別の問題など全部つながっていることもわかって。そこから自分の視野が広くなりました。

アル:あらゆるデータを見ても、日本が泥船から回復するにはジェンダー平等が鍵なんですよ。そもそも人口の半数の能力や才能が発揮されていなければ、ダメになるに決まってますよね。沈没するのは当然。

世界の中でどんどん取り残されているのに、性差別があることすら認めない政治家のおじさんたちにはさっさと退場してほしいです、現世から。

津田:僕は日本のあらゆる分野でジェンダー平等を達成していけば、社会が良くなるということに確信があるんです。

美術界も長年男尊女卑が強い業界で、自分みたいな門外漢が外からボールを投げても、打ち返しはないのではと思ってました。

でも「あいトリ」で参加作家の男女比を半々にしたことで、美術業界での変化が予想以上にあったと聞いて嬉しかったです。

愛知県が独自に行っている現代美術の地域展開事業(展覧会企画)でも、ジェンダー平等を意識する流れができて、一度アファーマティブアクション(※)をすると、圧倒的に動き出すことがわかりました。

※性別や人種などの差別を解消するために、一定の割合の席を割り当てるなど、実質的に平等な機会を整えること。ポジティブアクションとも言う。

「あいトリ」の後、朝日新聞の論壇時評を受けるときに、それまで6人中1人しか女性がいなかったのを3対3にしてもらったら、議論の内容が変わりました。議論自体がとてもコミュニケーティブかつポジティブになったんですね。

そういう経験から、男女比を平等にすることは組織の文化を変える即効性があると気づきました。なので、あいトリ以降、自分に決定権のある状況では必ず男女比を同一にすることを意識して実行しています。『ポリタスTV』も月単位で出演者の性別を半々にしています。

アル:女性が増えると良い効果が出ることは、あらゆるデータや調査で証明されてますからね。

私は男性が変わらないと性差別はなくならないと思うので、津田さんのように行動する男性は大歓迎だし、どんどん増えてほしいです。

でも「男がフェミニズムを語るな問題」がありますよね。

男性がジェンダーやフェミニズムについて語ると「差別してきたマジョリティ側のくせに」と叩かれたり、「女にモテたいのか」と男性から言われたり……フェミ男子からよく「立つ瀬がない」って聞きます。

津田:ジェンダーや#MeTооのことを人前で話さなくてはいけないときに、専門的に学んできたわけではないので臆する部分がありますし、実際に批判されることもあります。でも「面倒だから」とやめようとしてはいけないと思います。自分はジェンダーやフェミニズムの問題に関心を持ったり、アファーマティブアクションを行ったりするのは、「女性のため」にやっているのではなく「社会のため」にやっていることだと思ってます。これを意識するだけで、「フェミ男子」の立つ瀬がない問題って大分楽になると思うんですよね。

あと、そもそも女性にモテたいだけなら、別の方法をとったほうが効率的ですよね!(笑)

アル:まったく。男が行動する理由は女にモテるためと考える人は、自分が女にモテたいんでしょう。

私も「同性婚の実現を」と発信したら、当事者の方から「部外者は黙ってろ」とコメントが来て「黙らないもんね~だっふんだ」と返しました(笑)。

マイノリティは数が少ないし、差別にさらされて声を上げられない当事者も多いから、マジョリティが声を上げないと進まない。

とにかく私は子どもの頃から差別が嫌いなんです。差別って理不尽だし卑怯じゃないですか。

だからあらゆる差別をなくしたいだけで、べつに誰かに良く思われたいとか思ってない。そもそも自分が得したければフェミニストになってないし、もっと権力にすり寄ってますよ、自民とか維新とか(笑)。

津田:僕はジェンダーやフェミニズムに関して、自分が声高に語ろうとも思ってないですし、語る資格もないとも思ってるんですよ。じゃあ何でこんな対談受けてるんだって話なんですが……(笑)。自分の決定権がある場の枠組みを使って、社会を変えることの実践者でありたいなと。

アル:実践者、いいですね!

ただ、私は男性にもっとフェミニズムを語ってほしいですよ。私はフェミニズムを火中の栗にしたくなくて、誰でも気軽に語れるものになってほしい。じゃないとフェミニズムが広がらないから。

津田:男性が男性にフェミニズムに興味を持つよう説得するのって、結構難しいんですよね。

アル:女性が男性に説得するのも難しいですよ。たとえば妻が夫にフェミニズムの本を読んでと渡しても「興味ない」と無視するとか。「夫が聞く耳を持たないので離婚しようと思います」みたいなお便りをよくもらいます。

津田:そうなんだ……。

アル:一方で「アルさんの本を読んで夫が変わりました」みたいなお便りもいただくし、フェミニストのパートナーと対話する中でフェミニストになる男性もいます。

津田:自分のいるコミュニティを変えるだけで、結構変わっていくと思います。僕自身、ここ数年人間関係がいったんリセットされたり、コロナがあったりして飲み会に参加する回数がすごく減ったんですけど、それによってホモソ的なコミュニケーションから距離を取れるようになったし、それで自分の意識も変わったんですよね。

アル:『男子という闇 少年をいかに性暴力から守るか』(エマ・ブラウン著)にこんな文章があります。

「性差別に抵抗し、それは間違っていると声を上げる男性たちもいた」「彼らにはいくつかの共通点があることをパーカーは発見した。彼らには、ジェンダー規範に異議を唱える家族がいたのだ。また、彼らの生活の周りには、ジェンダーの現状について考えたり話したりできる、何らかの社会集団があった」

周りにジェンダーについて話せる人やコミュニティがあることはすごく大事。そういう場所を増やしたくて「東灘区ジェンダーしゃべり場」を開催してます。

あとは男の子がお手本にできるようなロールモデルが増えてほしいですね。

海外にはフェミニストを公言する男性有名人がたくさんいますが、日本ではあまり思い浮かばない。まずは津田さんがロールモデルになってくれませんかね。

津田:えっそれは荷が重い(笑)。でも真面目に答えると、僕自身がロールモデルになるというより、メディアの視聴者に変わってほしいという思いがあります。

『ポリタスTV』は視聴者の4割強が女性で、おそらくメンバーシップは女性の方が多く、女性に支えられているメディアです。女性の視聴者がたくさんいると、チャット欄のコミュニケ-ションも変わってくる。チャット欄を見ていても男性視聴者の良い意味の変化を感じることがあります。

メディアのあり方を示すことで、そこに属しているコミュニティ、読者や視聴者を文化ごと変えていくことができる。目の前のかたくなな一人を変えるより、番組を見てくれる300人を変えたほうがいい。視聴者の中からロールモデルになるような男性も出てくると思います。


次回、第3回では、SNSでの炎上で追い詰められたこと、そこから抜け出したエピソードについてお伺いします。


構成:雪代すみれ

 

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