イギリス生活で見えたこと、驚いたこと
アル:学校で授業する際には、トランプ政権下でアジア人に対するヘイトクライムが増えたことなどに触れて「差別は人を殺す、差別を許す社会は私たちも殺される社会なんだよ」と話してます。
楠本さんはイギリスに暮らして人種差別を感じることはありますか。
楠本:並んでいて順番を飛ばされるとか、「え?今の何?でも気のせいかも?」と思うようなことがたまにありますね。透明人間になったような感じ。ただ、そんな場合も大体周りの人が「いや、この人の番です」と、淡々と言ってくれることが多いです。
直接自分に向けてでなくても人種差別は、それはいっぱいありますよ。ここ数年特に警察組織のレイシズムとミソジニーが、大きな問題になっています。それを受けて去年ロンドン警視庁のトップが辞任しました。女性の警視総監だったんですけど。
アル:イギリスも人種差別や新自由主義による格差拡大など、問題はたくさんあると思うのですが、日本から海外に出た女性たちは「空気のように人種差別を感じることはあっても、女性差別を感じる機会が激減したので生きやすくなった」と言いますよね。
楠本:妊婦やベビーカーへの風当たりが強いとかはイギリスでは考えられないです。
アル:日本ほど子連れに厳しい社会はない、という話もよく聞きますね。楠本さんは元々イギリスが好きだったんですよね。
楠本:イギリスのポスト・パンク、ニューウエーヴ系の音楽や映画が好きで。
最初はちょっと住めるか試してみようという気持ちで行き来していたので、「移住しよう」という意識はほとんどないまま「移民」になっていました。「どこにも属さない」というふうには人は生きられないんだなと。
移民として生きることの苦労や、何かをきっかけに強制的に帰されるかもしれないという恐怖は多少なりとも実感としてわかります。日本にいると自分がマジョリティ特権を持っていることを意識せずに暮らせてしまいますし、世界の流れと比べて客観的に見る機会も少ないですよね。
アル:『線と言葉』では「様々な偏見は『学び落とす』(unlearn)ことが大切」「異なる文化の人に混じると、『この考え方は気づいていなかったけれど自分の偏見だった』という発見があるので、ロンドンに来たことは良かった」という言葉も印象に残ってます。
楠本:日本で普通、と思っていたことが全然普通ではなくて驚く、ということはいまだにあります。良いことも悪いことも、ニュートラルにただ違う、ってことも。
イギリスではここ最近賃上げを求めるストライキが多いのですが、医療従事者や、鉄道や郵便局がストライキをするとすごく不便、というか、本当に生活に支障をきたすんですけど、市民は労働者側に立つんですよ。ストをする側じゃなくて経営者側に怒るんですよね。ちゃんと給料上げろよって。そういうところは本当に羨ましいなって思いますね。
アル:羨ましすぎて吐きそう(笑)。日本では「迷惑をかけるな」「賃上げすると企業が困る」と謎の経営者目線で叩く人が多いですよね。まともな民主主義教育や人権教育をしてないことが原因だと思います。
北欧の国々でもストライキやデモに参加するのは普通のことだし、学校や就活においてもプラスに評価されるそうです。「社会問題に関心を持ってコミットするのは良いこと」なんですよね。
楠本:あとイギリスでは個人が政治的に「中立」であるよう振る舞わなければ、というようなプレッシャーはなくて。まして表現者が「自分は中立」などというのは、何も考えていないことの表明と同等くらいな感じで、割と恥ずかしい。
日本でもよく知られているようなバンドでも、日頃から政権批判するなんて珍しくもないです。そもそもパンクとかロックが体制に阿(おもね)ったらファンもしらけますしね。
アル:それこそ、アーティストが社会に物申さなくてどうするのか。
私は学校の授業で「教室でいじめがあるのに、自分は中立だといって周りが何もしなければ、いじめっ子はやりたい放題できる。それは、いじめに消極的に加担してることになるよね」って話してます。権力勾配があるのに「中立」というのは、権力寄りってことですから。
次回、最終回では、創作にまつわるジェンダーバイアスとの付き合い方について語ります。
構成:雪代すみれ
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作者・編集部で拝見させていただきます。
1984年「週刊マーガレット」にてデビュー。お茶の水女子大学哲学科中退。
代表作に
『KISSxxxx』
『Kの葬列』
『赤白つるばみ』、
2021 / 22年に京都と東京で開催された展覧会関連書籍
『線と言葉・楠本まきの仕事』
等がある。楠本まき愛蔵版コレクション
『致死量ドーリス』
(小学館クリエイティブ)2023年11月発売。