第21回は、ラジオやコラムなどで活躍しており、時事問題などを繊細に深く分析するフリーライターである武田砂鉄さんです。4回構成の1回目は、ジェンダーを意識するようになったきっかけについてお伺いしました。
体育会のマッチョな現場にいながら
アルテイシア(以下、アル):『マチズモを削り取れ(以下、『マチズモを~』)』(集英社)など、著書を楽しく読ませてもらってます!
砂鉄さんは「有害な男らしさ」に関する鋭い文章を書かれてますが、ジェンダーを意識するようになったきっかけはあったんですか?
武田砂鉄(以下、武田):何かしらのきっかけがあったというわけではないですし、その「有害」性が残っているなと確認し続ける日々ではあるんですが、今から振り返ると、中学時代にサッカー部の控え選手で、とてつもなくモテなかったのって意外と大きかったんじゃないかと思っています。
アル:とてつもなく。
武田:スタメンのみんなやモテる同級生とは距離があったので、「どうやったら、ああいう奴らの足を引っかけられるか」ってよく考えてましたね。
今思えば完全なルサンチマンなんですが、上手くいってる奴らに対する謎の客観的な目線が発生し、結果として「男らしさ」の真ん中から外れた学生時代を送ることになり、それが今に繋がっているのかもしれません。
アル:モテモテのエースストライカーみたいな存在だったら、今みたいな仕上がりになってないわけですね。
武田:なってないでしょうね。高校では、背が高いから活躍できるかもしれないという浅はかな理由でバレー部に入ったんですが、たいして強くないくせに上下関係は立派にありました。先輩の前をかがんで歩かなきゃいけないとか。
アル:参勤交代みたいですね。
武田:1年生は先輩が体育館に来る前にネットを立てておかなければいけないとか、くだらないルールがたくさんありました。来た順にやればいいのに。自分が3年生になったときにそれらのルールを廃止したのですが、それを知ったOBが「自分たちが築き上げてきた伝統なのになんで変えるんだ!」なんて言い出して。それが理由なのか、僕らの代だけOB会に呼ばれなくなり、現在に至ります。
アル:よかったですね、呼ばれなくて。
武田:体育会系のマッチョな現場にいながら、斜にかまえて見ていたところがありました。スポーツドリンクを飲む順番は先輩から、その後で後輩、だったんですが、巧妙に隠れてガブ飲みしたりしていました。
アル:『マチズモを~』を読んで嘔吐しそうになったのは、『ウィンナー祭り』のくだりです。ある大学のアメフト部の夏合宿で「選手が女子マネージャーにウィンナーを食べさせる」という伝統的なイベントがあるって話。
女を性的な道具として利用して男同士の絆を深めるって、ホモソーシャル(※)の極みですよね。体育会系部員による集団レイプ事件なども根っこは同じなんじゃないでしょうか。
ウィンナーを食べさせられる女子はもちろん、男子部員の中にも嫌だと感じている人はいるでしょう。でも嫌でも嫌と言えないホモソの圧があるんだろうなって。
※性愛を除く男性間の連帯や結びつき。
武田:さすがに減ってきましたが、テレビの世界でも、女性アナウンサーや女性タレントに対して、棒状のものを食べさせる場面がありましたよね。男性がたくさんいる場にわずかに女性がいるとき、女性が性的なコンテンツとして扱われてしまう。露骨ではなくても、「そのように見えなくもない」扱いをされる。女子マネージャーがいる部活はまだまだ外から見えにくいので、そういった事象がいまだにあるのではないかと心配になります。
アル:女子マネージャーという役職は基本的に日本にしか存在しないそうですね。海外では選手のコンディションを専門的に整える人はいても、おにぎりを握ったり、ユニフォームを洗ったりする女子はいないと。女に無償ケア労働をさせる文化が家父長制のヘルジャパンの象徴だなって。
私は「なんで金ももらわず男のパンツ洗わなきゃいけないんだ」と思っていたので、大学時代にアメフト部のマネージャーに志願する女子を見て「ラピュタは本当にあったんだ」という気分になりました。
口の悪い女性たちから受けた影響
アル:家庭環境がジェンダー観に与えた影響はどうですか?『どうして男はそうなんだろうか会議』(筑摩書房)では、お母さんがいつも「あんたはどう思う?」と意見を聞いて尊重してくれて、お父さんも含めて「男らしくあれ」と求められることはなかったと話してましたね。
武田:父が徳島出身で母は東京出身で、年末年始は東京の母の実家に行くことが多かったんです。母の実家には祖母と伯母が2人で住んでいて、母も含めた女性3人はとにかく口が悪い。紅白歌合戦を見ながら「この歌手は女癖が悪い」「とんでもない借金がある」などと下世話な話を元気にし続けていたんです。テレビの中の歌唱より、テレビの前の副音声のほうが耳に入ってきました。
アル:最高ですね、混ざりたいです。
武田:多くの家族では、年末年始に実家に帰ると、年長者に酒を注いだり、座席が決まっていたり、親戚が入り乱れるような会合があると聞きますが、そういう経験が一度もないんです。親族の中で男性性が爆発している場に直面したり、うっかり混ざったりしなかったのは、今になってみれば幸いなことだったと思いますね。
アル:めっちゃ幸いでしたね。うちは典型的な家父長制ファミリーで、正月や法事の席で男たちは広間でごちそうを食べて宴会をして、女たちは台所で働き続けて残り物を食べて、私は子ども心に「女って損だな」と感じてました。ああいうのを見て育つと「こういうものだ」とジェンダーロール(性役割)を刷り込まれますよね。
長老っぽいおじさんたちがバンバン死んでいって、正月イベや法事イベが絶滅したのはよかったです。おばさんたちもホッとしたんじゃないでしょうか。
武田:祖父は新聞の記者で、自分が生まれた頃にはもう亡くなっていたんです。当時のマスコミ業界ですから、祖母はしっちゃかめっちゃかな生活に翻弄されていたはずです。
だから、自分の夫が早めに亡くなったことはショックに違いないけれど、解放された感覚もあったのかもしれない。祖母は家の近くで下着屋さんをやり、伯母は広告代理店で働いていた。祖母と伯母と2人で好き勝手に楽しそうに暮らしていた家によく遊びに行っていました。マチズモに無自覚にならなかったのは、そういう環境で育ったのも大きかったかもしれません。
アル:配偶者に先立たれたおじいさんは早死にするけど、おばあさんは元気はつらつで長生きするパターンが多いですよね。
ジェンダー意識の高い男性に話を聞くと、パートナーから影響を受けている場合も多いのですが、砂鉄さんはいかがでしょう?
武田:妻から受けている影響、とても大きいと思いますね。妻も口が悪いというか鋭い人で、自分と好きなものは違うけど、嫌いなものというか、文句の矛先が似ているんですよ。妻は「さっきテレビで誰それがこんなこと言ってたよ」とわざわざ報告にきますし、僕も「この会見はなんだかモヤモヤするよね」と話したりします。
お互いに「それはおかしいんじゃないの」って指摘することもあります。ラジオで話したことを「ちょっと良い人に見られようと思ったんじゃないの」とか「あの話、ちょっと盛ったよね」とか言われたりもしますし。
他の夫婦がどんな暮らしをしているかわからないですが、個々の言動にいちいちつっこんでいく体制が、ジェンダー意識に繋がっているのかなと思いますね。
アル:お互いに指摘し合えるのはいいですね。うちも趣味やライフスタイルは真逆で、文化系の私は寝転がって本を読み、格闘家の夫はクルミを指で潰したり脛をビール瓶で叩いたりとか酔拳みたいな修行をしてるんですよ。
でも、権威主義とか新自由主義とかコンサルとか嫌いなものが似てるから話が合う。好きなものより嫌いなものが似てる方がうまくいくんじゃないですかね。
次回、第2回では、マチズモを削り取る考え方について話します。
構成:雪代すみれ
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作者・編集部で拝見させていただきます。
1982年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社で時事問題やノンフィクションの本の編集勤務に携わり、2014年よりフリーランスに。2015年『紋切型社会』(朝日出版社刊)で「第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞、2016年「第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。他の著書に『マチズモを削り取れ』『わかりやすさの罪』『なんかいやな感じ』など多数。現在は、TBSラジオ『武田砂鉄のプレ金ナイト』、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ』(火曜レギュラー)などのパーソナリティほか、「AERA」「女性自身」「日経MJ」など多数の雑誌でコラムを連載中。