第6回 楠本まき×アルテイシア対談

この連載は、ヘビーなこともストレスフルなことも楽しくパワフルに切り返すアルテイシアさんが、毎回ゲストの方とジェンダー観やフェミニズムについて語ります。
第6回はまだフェミニズムという言葉が浸透していない1988年の日本において、『Kissxxxx』という作品で少女漫画の世界に新しいキャラクター像を送り出した楠本まきさんです。全4回の2回目は、現在お住まいのイギリスと日本のジェンダー観の違いについて、語ります。

 

あなたはフェミニストですか?

アル:『赤白つるばみ・裏』で「あなたはフェミニストですか?」と質問しているであろう場面がありますよね。由良ノ介が「ひっかけ問題?」って聞いてて、フェミニストなのって当然でしょ?って感じがすごくよかったです。

スウェーデンに住む友人も「ジェンダー平等であるべき、というのは社会の共通認識だ」と話してました。

楠本:日本ではそういう人はまだ少数派ですけど、これから増えることが予感できるキャラクターを、特別な感じではなく、あっさりと描こうと思って描きました。だから今の段階では「由良ノ介、絶対モテる」って感じのキャラクターですけど、10年後には、普通のことを言っているだけの好青年、くらいになっているかもしれません。

アル:由良ノ介は絶対モテますよね。由良ノ介がどんどん増殖してほしいです。

『線と言葉』中の対談では、こんなふうに話されてますよね。

『最近私が「フェミニストになった」というような悪口っぽいことを言われることがあって、失敬だな、と思うんですけど(笑)。物心ついた時にはフェミニストでしたよね。フェミニストじゃないと思われていたことが心外です。ついでに「フェミニスト」は悪口にならない、という前提にそろそろ立って欲しいですね』

(イギリスでもフェミニストだって言いにくい雰囲気はあるんですか?と聞かれて)『いや全然ないですよ。「私はフェミニストじゃない」って言う方が勇気がいるんじゃないでしょうか。びっくりされると思いますね。「それはどうして?」って』

楠本:イギリスでは、男性が公にフェミニストを名乗るのももはや珍しくないので、ましてや女性が「自分はフェミニストじゃない」というのは、もう余程何か特別な理由でもあるのでは?という感じがありますね。まあ、人にもよりますし、あまり親しくない人にだったら敢えて何も言わないでしょうけど。
もし今でもフェミニストであることを理由に揶揄や攻撃の対象になる風潮が強ければ、名乗るのを避けるかもしれません。個人の問題じゃなくて社会の問題ですよね。

アル:パーソナル・イズ・ポリティカルですね。女性への抑圧や同調圧力が強い社会だと、フェミニストと言えないのもよく分かります。

私は中高生に授業をするとき「フェミニズムとは『性差別をなくそう』って考え方です」とシンプルに説明してます。

「だから、フェミニスト=性差別に反対する人。その対義語はセクシスト(性差別主義者)です」と話すと、「自分はセクシストじゃない、だったらフェミニストかも」とか「自分もフェミニストだと気づきました」と感想をくれるんですよ。

楠本:その定義はシンプルでいいですね。まだ自分の中でよくわからない時に無理に名乗らなくてもいいけれど、セクシストではありたくない、と意識することは第一歩だと思います。

アル:『線と言葉』では「偏見や差別に気づいたら、なくそうとするのは最低限の社会的合意だと思っていたんですが、このところ偏見や差別をなくすことが良いか悪いかという話まで後退しているのを見るとさすがに危機感を覚えます」とも話されてます。

日本がジェンダー後進国なのはイギリスでも知られてますか?

楠本:正直、何か日本に関わりのある人以外、みんなそんなに日本に興味を持っていないし知らないというのが現状です。だから女性閣僚の数の少なさとかをニュースの画面などで知った時に「えっ…? 本当に?」という感じで驚かれます。

「イギリスも30年くらい前まではそんな感じだったから、そのうち進むわよ!」って励まされたりするんですけど、30年待ちたくないなーって(笑)。このままだと30年後も怪しいですけどね。

アル:その前に寿命が尽きてしまうかも(笑)。私たちはゾウガメじゃないので。

ヨーロッパの国々も元からジェンダー平等だったわけではなく、ここ20年ほどで一気に進んだんですよね。他国が性差別をなくすために努力する中、日本は置いてきぼりナウな状況です。

楠本:私の母はウーマンリブ(日本では1970年代の女性解放運動)ど真ん中の世代だったのですが、今ジェンダー平等の進んでいる国ではその世代のフェミニズムが、さらに第三波、第四波へと受け継がれ、発展して、その結果今があるんですよね。

アル:ようやく日本でも「叩かれてもフェミニストを名乗ってやる!」という女性が増えてきました。「私はフェミニストじゃないけど、性差別には反対です」と前置きするのはダサいよね、みたいな空気も感じます。

約30年前は田嶋陽子さんがテレビで「セクハラをやめろ」と言っただけで、男性出演者が「女はバカだから」「自立してる女性に失礼」とかクソリプして、それに田嶋さんが反論すると“ヒステリックに怒る女”と揶揄されました。田嶋先生は当たり前のことを言ってただけなのに。

楠本:それをエンターテインメントとして笑うっていうところまでセットで最悪でした。

数年前にフェミマガジンの『エトセトラ』が、「We love 田嶋陽子!」って特集号を出して話題になりましたね。あれは本当に良かった。あれで相当田嶋陽子が正当に再評価されて、みんな薄々思っていた「田嶋さんの言ってることの方が正しかったよね」っていうのを口に出すようになりましたよね。

北村紗衣さんの「田嶋陽子を取り戻す」というエッセイのタイトルが秀逸で、まさにそれだと思いました。Reclaim 田嶋陽子。アルテイシアさんも田嶋さんとの対談本出されましたよね。

アル:はい。対談本でも話してますが、田嶋先生はテレビに出てバッシングされていた当時、胃が痛くておかゆしか食べられなかったそうです。それだけ傷ついたのに、フェミニズムを広げるために矢面に立ち続けたんですよね。

楠本:想像を絶するというか、想像に難くないというか…。昔田嶋さんと共演していた人でいうと、大竹まことさんは随分変わりましたよね。
深澤真紀さんが出ている時など『ゴールデンラジオ』をたまに聴くんですけど、とてもいいふうに変わられていて。全ワタシに大人気です(笑)。
ただ番組内で「ご主人」「主人」が頻用されるのが、精神的にすり減らされるので、体調が良くないと聴けません。

アル:パートナーの呼び方問題にモヤる人は多いですよね。私は「主人」と聞くと「主人?!」とびっくりするようにしてます(笑)

楠本:多分相手もびっくりするので(笑)、それはいい反応ですね。

アル:「主人」は主従関係を表す言葉だから、ギョッとしますよね。丁寧語のつもりで言ってる人が多いのかも。私の周りは「夫さん・妻さん・お連れ合い・パートナー」って言う人が多いです。

楠本:『赤白つるばみ・裏』の中で、登場人物の会話に、「ご主人」に代わる言葉として「お連れ合い」を使うか、でもそれも時代がかってない?っていう葛藤を描いたのが2018年で。『「お連れ合い」「お連れ合い」言ってれば気にならなくなるよ』って希望込みで描いたんですけど、私自身も普段「お連れ合い」を積極的に使うようにしていたら全く気にならなくなって(笑)。

こう、担当編集さんと「お連れ合いのお加減は」とか話していると、むしろ風情があるくらいな。慣れってすごいなって思いましたね。『赤白・裏』で描いた数々のイシューは、古くなって通用しなくなればいい、と後書きでも言っていたんですが、これが一番最初に古くなるかもしれませんね。


次回、第3回では、お住いのイギリスで体感したことーー日本で普通、と思っていたことが全然普通ではなくて驚いたーーことなどをお聞きします。


構成:雪代すみれ

 

ご感想や応援メッセージはこちら

読んでいただきありがとうございます。
ぜひ作品へのご感想・応援メッセージをお寄せください。
作者・編集部で拝見させていただきます。

楠本まき

楠本まき

1984年「週刊マーガレット」にてデビュー。お茶の水女子大学哲学科中退。
代表作に 『KISSxxxx』 『Kの葬列』 『赤白つるばみ』、 2021 / 22年に京都と東京で開催された展覧会関連書籍 『線と言葉・楠本まきの仕事』 等がある。楠本まき愛蔵版コレクション 『致死量ドーリス』 (小学館クリエイティブ)2023年11月発売。