セルフラブ迷子

“自分を愛すること”の大切さが声高に叫ばれる世の中。ですが一方で「自己肯定感の高め方」とか「自分を好きになる方法」とか正直もうお腹いっぱい、という人も多いのではないでしょうか。“推し”についてのコラムでお馴染みのライター・横川良明さんは、自他とも認める(?)自分大嫌い人間。初のエッセイ『自分が嫌いなまま生きていってもいいですか?』では、自分のことは嫌いなまま自分らしい幸せを探した、試行錯誤の日々を綴っています。でもそんな横川さんにも、自分を愛せる人間になろうとあれこれ試行錯誤した時期があったのだとか。今回は新刊から、哀しくもおかしい奮闘ぶりを伝える一編「セルフラブ迷子」をご紹介します。



 自分を好きになるために必要なのは、どうやら見た目を磨くことでもなければ、パートナーを見つけることでもないらしい。もちろんそれらもそれぞれに有効なんだけど、たぶん本質はもっと別。根本的な部分で僕が変わらないと意味がない。

 要は、内部や思考の習慣へのテコ入れだ。早速、手元の女性誌を引っ張り出してみる。女性誌というのは、定期的に「もっと自分を好きになるために」みたいな大変お節介な特集を組んでくれる。毎回お節介だなという印象しかなかったけれど、ついにこのお節介に乗っかる日がやってきたのである。

 が、ページをめくってみてもどうにもピンと来ない。まず多いのが、「自分のいいところを書き出してみる」というやつ。自分を好きになる方法がわからないっつってるのに、その解決策が自分のいいところを見つけてみるって「は? 日本語通じてますか?」感が半端ない。朝、時間通りに起きられた。そんな自分に花丸をあげてみよう、みたいなことが書いてある。幼児かよ。なんだろう、この、大人に向かって全力の笑顔で『はみがきじょうずかな』を歌われているような逆撫で感。思わずページを破りそうになった。

 ダメだダメだ。こういうひねくれた性格が良くないのである。要は、些細なことでいいから、自分を褒めていくという戦法なんだろう。だけど、その思想から透けて見えるポジティブ信仰に、「頑張る」を「顔晴る」と書く人に対するようなイライラが湧いてきてしまう。

 でも実際、このネガティブな性格に問題があるわけだから、もっとポジティブになってみるのは大事なことかもしれない。じゃあ、ポジティブになるためにどうすればいいんだろうと思ってググってみたら出てきたのが、「その日あったいいことを書き出してみる」だった。なんかもうデジャヴ感がすごい。完全に無限ループに入った感じがする。しかし、ここで文句を並べていても前進はないのである。まずはなんでもやってみることが大事。そう言い聞かせて、手帳を買い、日付のマスにその日あったいいことをメモしてみることにした。たとえば、こんな感じである。

「◯月×日 卵焼きが綺麗に巻けた」

「◯月△日 チョコパイの9個入りが258円で売ってた」

「◯月◻︎日 洗濯物がお昼過ぎにはもう乾いていた」

「◯月◎日 スーパーのレジが空いてた」

「◯月♢日 耳掃除をしていたら、大きめの耳垢がとれた」

 ……地味だ。わからない。こんなことを繰り返していて、本当にポジティブになれるのだろうか。最後のあたりとか、無理やりひねり出した感が尋常ではない。なんだ、耳垢って。そんなもので幸せになれるなら、いくらでも耳の穴かっぽじりたい。むしろやればやるほど自分の人生に劇的なことがまったくないことに気づいて、うっすらとみじな気持ちさえしてくる。こういうので前向きになれる人はそもそも気質が前向きなのではないだろうか。

 もう少し僕に向いている別の方法がある気がする。そこで、もう一度、自分を好きになる方法をいろいろと調べてみた。次によく目につくのが、「日々の目標を設定する」というやつ。だいたい向こうの戦略がわかってきた。要は、行動や習慣を変えることで思考を変えさせたいのだろう。こうやって相手の狙いを読もうとする時点で、もう全然気質に向いていない気がするけど、成功体験を積むことの重要性は僕にもわかる。自己肯定感を育む上で筋違いには思えないので、トライしてみるだけの価値はありそうだ。

 しかし、日々の目標と言っても案外浮かんでこない。わかりやすいのが、◯時までに仕事を終わらせるといった類いのやつだろう。ゴールも明確なので、達成感も得やすい。そこで、普段は漫然と書いていた原稿を、この時間までに書き上げるという目標時間を決め、タイマーをつけて取り組んでみることにした。確かに仕事の効率はグッと上がった。ゲーム感覚でお楽しみ要素もある。が、それをクリアできたらからといって自己肯定感に作用しそうかと言われると謎だ。そんなことを言ったら、『ぷよぷよ』とか『テトリス』をやっているだけで自己肯定感は爆上がりしているはずである。もしかしたらジャンルがあまりにも仕事に寄りすぎているのが良くないのかもしれない。もっと生活に関わる目標の方が効果も期待できそうだ。

 そこで今度は、丁寧に暮らすという目標を掲げてみた。その頃の僕は仕事が忙しく、かなり生活がおろそかになっていた。丁寧な暮らしなんて流行りのワードだし、よくわからないけど『リンネル』あたりに載っている感じがしてオシャレっぽい。ミーハーな僕にとってはキャッチーでちょうどいい気がする。すっかり乗り気になって、ちゃんと盛り付けにもこだわるために食器を新調してみたり、ベッドカバーを少しいいものに替えてみたり、気分が上がりそうなことを手当たり次第にやってみた。

 中でもハマったのが湯船に浸かることだった。当時、僕はお風呂を毎日シャワーだけですませていた。だけど、それでは健康にも良くない。しっかりと湯を張り、全身を温める。血行が良くなれば気分もスッキリしてメンタルヘルスにもいいかもしれない。お風呂にタブレットを持ち込んで、1本ドラマを観終えるまで、きっかり45分、湯船に浸かるという生活を始めてみた。

 これはそこそこ効果があった。やっぱり体は嘘をつかない。副交感神経が活性化して身も心もリラックスする。おかげで1日の充実感が違うのだ。ついでに風呂上がりはクリームを塗って、ずっとサボっていたかかとケアに勤しんでみたり、シートマスクを貼って肌がぷるぷるになる楽しさにひとりほくそ笑んでみたりもした。これがセルフケアというやつかと、ようやく僕も自分を大切にするという境地にふれたような気さえした。

 しかし、これにはこれで大きな問題があった。要は、続かないのである。仕事が忙しくなってくると、とてもではないけれど、1日に45分も湯船に浸かっている時間などとれない。ましてやかかとにクリームを塗ったり、シートマスクを貼ったりしている時間があるなら、とっとと寝たい。セルフケアの精神も、睡眠という人間の本能の前ではまるで無力だった。

 ならば、毎回45分なんて決めなくていい。5分でも10分でもいい。無理なく続けられる範囲でやってみたらいいよという話なのだろうけど、ここでややこしいのが、僕はものすごい面倒くさがりであると同時に、そこそこに完璧主義者なのだ。やるからにはきちんとやりたいという変な生真面目さがハードルとなって、45分入れないならシャワーでいいやと見切りをつける日が増えた。そうして湯船に浸かるという日々の目標はすっかり未達で終わるようになり、いつの間にか目標を設定するという目標さえ忘れる始末。丁寧な暮らしはもはや見る影もなく、袋入りラーメンを器に盛らず鍋のまま食べるという雑な暮らしに逆戻りしていた。

 丁寧な暮らしは、確かに自己肯定感を高めてはくれそうだ。だが、丁寧な暮らしを続けるには、僕の性格は合わなすぎる。打つ手を失ったような気持ちになりながらも、縋りつくようにまた「自分のことを好きになる方法」を調べてみると「完璧主義をやめる」という項目があった。もう完全に踊らされているなとわかりつつも、今度は「完璧主義をやめるには」で夜な夜な検索するのだった。

自分が嫌いなまま生きていってもいいですか?/横川良明・著

自分が嫌いなまま生きていってもいいですか?

横川良明・著
定価1300円(+税)/四六判・216ページ/講談社・刊/2023年9月29日(金)発売
「自分を愛そう」キャンペーン、もうよくない?
どうしても自分を好きになれないアラフォーライターの、笑いと涙の“生き方探し”エッセイ。

本屋に行けば「自己肯定感」をテーマにした書籍がずらりと並ぶ昨今。「誰かに愛されるためには、まず自分が愛してあげること」そんなアドバイスが溢れかえる世の中ですが、実際に自己肯定感の低さで悩む人にとっては、自分を愛することの大切さは理解しつつ、「そんな簡単に好きになれてたら苦労しないよ・・・」というのもまた偽らざる本音でしょう。

本書では、自分が嫌いなことには誰にも負けない自信のある (?) 著者が、

◆「自分嫌い」を決定づけた、幼い頃からのコンプレックスや苦い経験の数々

◆自分を好きになりたくて、"自分磨き”で試行錯誤した日々

◆そして辿り着いた「これ以上、自分が傷つかないための方法」

◆大人になって日々直面する”自己肯定感が低い人あるある”

を、面白おかしく、ときに切なさも交えて綴ります。

自己肯定感を高めるためにひと通りのことは試した、でもやっぱり無理だった。それでも幸せになることを諦めずに自分と向き合うことで掴んだ、仕事や恋愛、人間関係での適切な距離の取り方、自分の心の満たし方。自分のことが好きになれなくても、人に優しくすることはできるし、幸せにもなれるはず。

「なりたいものになれなかった」「誰にも選ばれなかった」ーーそんな自分と、折り合いをつけられずにしんどさを抱える人たちの背中に、そっと手を添える一冊です。

 

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横川良明 (よこがわ よしあき)

1983年生まれ。大阪府出身。ライターとしてテレビドラマから映画、演劇 までエンタメに関するインタビュー、コラムを幅広く手がける。さらに Twitterにて、若手俳優オタクである自身への自虐や”オタクあるある”を的確 に表した呟きが、“推し”を持つ人たちの圧倒的共感を呼んで人気者に。2020 年3月よりミモレにてコラム 「推しが好きだと叫びたい」を連載。2021 年、この連載をベースにしたコラム本 『人類にとって 「推し」とは何なのか、 イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』 (サンマーク出版)がヒット作。以降、「推し活のプロ」 としてメディアにも多数出演。