皆さまから寄せられたお悩みと、それに対する瀧波ユカリさんの回答をお届けいたします。
叶わなかった夢を40代になっても引きずっています
40歳をこえてもなお「何者かになりたい」という欲を捨てきれなくて苦しいです。
私は瀧波先生と同世代です。
10代20代の頃漫画家を目指していました。複数の出版社で担当さんがついて、何度か読み切りが掲載されたこともありますが、結局連載には辿り着けず、出産を機に商業での活躍を夢見て漫画を描くことはやめました。それからはたまに二次創作でちょっと漫画を描いてネットにアップするくらいです。
今は子育てしながら、漫画とはまったく関係ない仕事をして働いています。
今の仕事は楽しいものではないけど辛いものでもなく、職場の人は優しく魅力的です。子どもは中学生になり、幸い今のところ大きな問題にぶつかることもなく、子どもと夫と歩む人生に幸せを感じています。
でも、ふとした時に「結局私は『何者』かにはなれなかったんだな」と思います。
私が漫画を描いていたモチベーションは「自分の漫画が世に出て、売れて、才能がある人と思われたい」という漠然とした承認欲求でした。
(特に強く「これを描きたい!」という動機がないのですから、それは上手くいかないよねと今ならわかります…)
私には漫画を描く能力は足りませんでした。そして頑張り続けることもできず、途中で夢から逃げ出しました。
「自分は漫画の道では成功しなかった。でも今の人生は今の人生で良いじゃないか」と健やかに思えればいいのですが、「わかりやすい成功を手に入れたかったな」という気持ちに襲われ落ち込む時が今でもあります。
叶えられなかった夢に引っ張られず、もっと前向きに今の人生だけに焦点をあてて生きていくにはどのような心掛けが必要だと思いますか?
いい年齢になっても大学生みたいな悩みを抱えていて恥ずかしいです…。
(夢みる夢子・40代)
こんにちは!
メッセージを拝読して「さすが」と思いました。だって夢子さん、このお便りの中でひとつのストーリーをちゃんと作っているんですよ。
「自分の漫画が世に出て、売れて、才能がある人と思われたい」という承認欲求を動力にして、夢を追い続けた若い頃の自分。そして出産と子育ての時期を経て当時を振り返り、夢を叶えられなかった原因を分析し、その上で「何者かになれなかったな」とたまに思い落ち込む自分。それを俯瞰して見ている自分が、「前向きに今の人生に焦点をあてて生きていく」自分を想定して、そこに向かうための方策を考え、外側に向かって語りかけている。
漫画で言えばこれは、ミドルエイジ・クライシスをテーマにした連載漫画の第一話のネームですね。アンビバレントな感情を抱えて立ち止まっている、どこにでもいる、だけど知性ある女性「夢子」の姿が浮かんできます。さすが、複数の出版社で担当がついていただけのことはある!持ち上げているんじゃないですよ、本当にそう思ったんです。
本題に入りましょう。夢に引っぱられず、前向きに、今の人生に焦点をあてるにはどのような心がけが必要か?
まず言えるのは、「心がけ」ではどうにもならないということです。だれかに腕をぐいぐい引っぱられているところを想像してください。体が倒れそうになるのを、心がけで防ぐことはできますか? できませんよね。引っぱられるというのはそういうこと。物質的にせよ感覚的にせよ、それはエネルギーであり力であり、心がけとか気の持ちようで対処できるものではない。
ではどうするか? 力には力を、です。今の人生に、自分を引き付けるだけの力を秘めた、「新しい夢」を設計しなければなりません。
今さら「新しい夢」なんて…また漫画家を目指すとかありえないし…って思いますよね? だって漫画家への道って、ネーム考えて、原稿描いて、投稿して…の繰り返しか、SNSにアップしてバズるのを待って…今からそれをする意欲や気力があったら、とっくにやっているよ! と思いますよね? 漫画でも漫画じゃなくてもイチから何かをするとかじゃなくて、今の夫と子と暮らす人生にフォーカスしたいんだってことですよね。
私、ここに多くの人が陥りやすいミドルエイジ・クライシスの罠が隠れているんじゃないかと思うんです。昔と同じ夢か、今の生活かの二択になるから、苦しい。新しい夢を想像してみても、昔の夢の形の焼き直しになるから「そんなの無理」と思ってしまって、出口がない。
問題は、「夢」と言われた時に想像するのが「20代の時に持っていた夢」のイメージになってしまうことです。20代には20代の、40代には40代の夢の設計の仕方があるはずなんです。
「40代の夢の設計の仕方」とはどういうことか? モチベーションや承認欲求という若さに依拠した動力を用いずに、じっくりゆっくり楽しみながら攻める方法を選択すること。「何者か」になるという最終ゴールを目指すのではなく、「より豊かな私」になることを日々のゴールとすること。
漫画で言うなら、投稿とかSNSでの発表とかは20代設計。「より豊かな私」になるための40代設計では、発表なんて二の次三の次です。40代ですべきなのは、ずばり「学び」。
グーグルやオンライン書店のサイトで「物語批評」「物語分析」などで検索してみてください。漫画、小説、映画などの脚本などに関連した物語論の書籍がたくさん出てくるはずです。これは読めそうだと思ったものを、かたっぱしから図書館で予約してください。古い名著と新しい話題作、両方あるといいです。借りてきたらざっと目を通して、じっくり読みたいものがあったら買ってください。
たぶん、図書館から借りてきて何冊かパラパラ開いた時点でこう思うはずです。「おいおいこれを20年前に教えてくれよー!」と…!
私もそうなんですけど20年前くらいって、けっこうみんな「漫画ってインスピレーションで描くもの」みたいに思ってたんですよね。想像力の源泉から湧き出てくる物語こそ素晴らしい、みたいな。今思うと、あれはよくなかった。物語って普通におさえておくべき構造とかパターンとかあって、そこにどうやって自分の言いたいことをはめこんでいくか、それが大事だというのが今40代の私の認識です。
何冊か読んで「これ20年前に読みたかった」とひとしきり思ったあと、きっと夢子さんは気付きます。「あの頃の自分はいろいろ足りてなかったかもしれないけど、一番必要なのは知識だった」と。
そう気付いた時、つまり足りていなかったものが何かがわかり、それが目の前にある時、過去の夢はもう夢子さんのことを引っぱらなくなっていると思います。そして、もう一冊読みたい、もっと知りたいと思えるならば、それこそが今の生活に自分をフォーカスさせてくれて、「より豊かな私」へと自らを導く「新しい夢」です。
もし、これ以上知りたいとは思えなかったとしても、昔の夢にぐいぐい引っぱられなくなったら、自然と今の生活の中に見つめていきたいものが見えてくるのではないでしょうか。
めっちゃ的外れだったらごめんなさい、と手を合わせつつ、きっとこの回答でイケる! と思っている私がいます。きっと同じ世代で、同じ時期に漫画の道を目指していた者同士だから…!
まずはだまされたと思って図書館でたっぷり本を借りてみてください。応援しています!
次回の更新をお楽しみに!

漫画家。札幌市に生まれ、釧路市で育つ。日本大学芸術学部を卒業後、2004年に24歳のフ リーター女子の日常を描いた4コマ漫画『臨死!!江古田ちゃん』でデビュー。現在、 『わたしたちは無痛恋愛がしたい』 を連載中。そのほか、「ポリタスTV」にて、「瀧波ユカリの なんでもカタリタスTV」にも出演中。