パートナーを尊重しない人間はモラハラ要素を持っている。
「過去の恋愛で傷ついて生きづらい」
「幸せな恋愛をしたいのに、ダメな男に引っかかってしまう」
そんな悩みを読者の女性からよくもらう。
だめんず好きという言葉があるが、だめんずとわかって好きになるわけじゃない。
“だめんずの道はモラに通ず”ということわざがあるように(私が作った)、パートナーを尊重しない人間はモラハラ要素を持っている。
モラハラ要素のある男(以下、モラ男)は豹変系が多いのだ。
DV事件が起こった時も「まさかあの人が?」「優しそうなご主人でしたよ」と近所の人が語るように、モラ男は外面がいい。
はじめは理想の彼氏のように振る舞って、相手が完全に手に入ったと確信したとたん、本性を現す。
そんな騙し討ち系のモラ男が多いため、見抜くのがきわめて難しい。
モラ男の思考の根っこには、男尊女卑がある。彼らは女を対等な人間だと思っていないため、対等に尊重し合う関係を築けない。
モラ男にとってパートナーは「自分が支配する所有物」であり、自分の思い通りになって当然だと思っている。そのため相手が思い通りにならないとキレて、自分の権利を奪われたと被害者ぶる。
そんなモラ男に傷つけられた被害者を「なんであんな男を選んだの?」「男を見る目がなさすぎる」と周りが責めるのはやめよう。
本人が誰よりも自分を責めて、自信を失っているのだから。
悪いのは女性ではない。悪い男が女性の長所につけこむのだ。
傷つけられた女性たちは「自分のどこがダメなんだろう、何が悪いんだろう」と悩むが、悪いのは彼女らではない。悪い男が女の長所につけこむのだ。
悪い男が女の長所につけこむのだ。
大事なことなので二度言った。この言葉を写経して仏壇のとなりに貼ってほしい。
そもそも悪党は悪党に騙されない。騙されるのは、彼女らが心根のまっすぐないい子だから。
自分が人を騙したりしないから、騙す男の手口がわからない。自分が人を傷つけたりしないから、平気で人を傷つける男の心理が理解できない。
だから理不尽に傷つけられるとびっくりして「自分が悪いの?」と思ってしまう。
でもそうじゃなく、悪い男が女の長所につけこむのだ(大事なことなので三度言う)。
正直さ、優しさ、寛容さ、純粋さ、我慢強さ、人を信じる心…そうした長所につけこみ、利用して搾取するのがモラ男である。
彼女らは正直だからこそ、相手の言葉を信じてしまう。優しいからこそ、相手の要求に応えて尽くしてしまう。
「拒絶したら相手が傷つくし可哀想」と思うから、イヤでもイヤと言えない。「自分が見捨てたら可哀想」と思うから、つらくても別れられない。
寛容だから、身勝手なことをされても許してしまう。我慢強いから、限界ギリギリまで耐えてしまう。
人を信じる心があるから「相手は変わってくれるかも」と期待してしまう。
それらはみんな素晴らしい長所なのだから、変える必要などない。「女の長所につけこむ男がいる」と学んで、今後注意すればいいのだ。
モラ男と付き合うと、自尊心をゴリゴリに削られる。「おまえが悪い」「おまえが間違ってる」と否定されて、自分はダメだと刷り込まれてしまう。
だから「自分の何がダメなんだろう」と欠点探しをするが、そこで視点を変えて「長所につけこまれているのでは?」と考えてほしい。
そして自分が傷ついたことを認めて、自分を一番にいたわってほしい。
そこで優しさを発揮して「彼のことを許さなきゃ」なんて思う必要は一切ない。理不尽に傷つけられたら許せないと思うのは、まっとうな自尊心がある証拠なのだ。
ただでさえつらいのに「許せない自分はダメだ」と自分を責めて、ますますつらくなるのはやめよう。
真の許しとは、どうでもよくなること。
私自身は「恨みを忘れない」が座右の銘で、自分を傷つけた男たちに、せっせと生き霊を飛ばしてきた。
しかし忘却力が自慢の中年なので、相手の名前を思い出せないことがある。これじゃデスノートをもらっても活用できない。
つまり相手の名前も忘れるぐらい、どうでもいい存在になっているのだ。
真の許しとは、どうでもよくなることである。
別れた直後は「全ての地獄を味わって死ね!!」と叫んだ3秒後に「やっぱり彼がいなきゃ生きていけない」と泣くような精神状態になるが、時間がたつにつれて落ち着いてくる。
そして「あいつが生きようが死のうが、どうでもいいわ」と思える時が来る。
過去の私は売るほど失恋してきたが、どんな失恋もつらかった。どんな悪い男でも良いところがあるから好きになったわけだし、良い思い出もあるからつらいのだ。
失恋すると、心にぽっかりと穴が開く。その穴がふさがるまでには時間がかかるが、そんな時こそ友達の出番である。
私が失恋したあと「べつに殴られたとかお金盗られたとかじゃないし…」とめそめそ泣いていたら、女友達が「ヤツはとんでもないものを傷つけた、あんたの心だ!!」と銭形警部のように怒ってくれて、ボロボロになった自尊心を回復できた。
友人たちは失恋旅行にも付き合ってくれて、旅先で朝、ひとりで海岸を歩きながら「大切に思ってくれる友達がいるのだから、私も私を大切にしなければ…彼への未練を断ち切ろう」と決意。
その誓いを忘れないために、砂浜で綺麗な貝殻を拾った。その後、宿に戻って昼寝していたら「洗面所にゴミあったからほかしたで」と貝殻は捨てられていた。
友人たちは元彼に「股クサ男」「ビチグソ太郎」といったニックネームをつけて、悪口大会をしてくれた。そこで思いっきり呪詛を吐き出したおかげで、少しずつ心が軽くなっていった。
「一度は愛した人なんだから」「感謝の気持ちもあるでしょ」とか、しょうもないこと言わない友達で本当によかった。
モラハラ沼にはまりがちな人は、血中フェミ濃度を高めるのがおすすめ。
拙著『モヤる言葉、ヤバイ人』には、モラ男に狙われないための護身術&モラ男と別れるためのライフハックを書いているので、よかったら参考にしてほしい。
私はモラハラ沼から脱出した後、男に対する信用残高がゼロになり、恋愛に絶望していた。
だからこそ「惚れたハレたはもういい、家族がほしい」「自分を削らずにピッタリ合う、おせんべいの片割れがほしい」と心から思えた。
その結果、友情結婚のような形で夫と結婚した。もっと前に夫に出会っていれば「恋愛センサーがびくともしないし、無理だな」とスルーしていただろう。
モラハラ沼から脱出した友人たちは「もっと早くフェミニズムに目覚めていれば」と語る。
「たしかに豹変前は見抜けなかったかもしれない。でも豹変後は『こいつはヤベえ、男尊女卑のクソ野郎だ』『自分は男に踏みつけられていい存在じゃない』とちゃんと怒れたと思う」
「当時は私自身も『妻は夫に尽くすもの』的なジェンダーの呪いを刷り込まれていた。それで我慢してしまったけど、その呪いがなければもっと早く脱出できたと思う」
彼女らの言葉に全力で膝パーカッションだ。
20代の私は、まだまだフェミ濃度が足りなかった。
「オッス、おらフェミニスト!!」という姿勢で生きていれば、股クサ男やビチグソ太郎はそもそも近づいてこなかっただろう。「こいつ支配できなさそうだし面倒くさいな」とスルーされていただろう。
周りを見ても「男尊女卑な男はお断り!!」とアピールして婚活していた女子は、パートナーと対等に尊重し合う関係を築いている。
よってパートナーがほしいけどモラハラ沼にはまりがちな人は、血中フェミ濃度を高めるのがおすすめだ。
血中フェミ濃度が高まると自尊心が高まるので、「私が悪かったのかな」と自分を責めている人も「いや、どう考えてもあの男が悪くね?」と気づき、過去の恋愛を成仏させることができる。
また中年になると過去のつらい記憶も薄れるので、生きやすくなる。若い方たちはそんな加齢の恩寵を楽しみにしていてほしい。
読んでいただきありがとうございます。
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作者・編集部で拝見させていただきます。