出産の呪いで生きづらいあなたへ

『フェミニズムに出会って長生きしたくなった。』『モヤる言葉、ヤバイ人』などで知られるアルテイシアさん。毒親問題からフェミニズムまで、ヘビーな内容もストレスフルな現象もコミカルに楽しく分析してくれるコラム。今回は「子供を産むことと女性の権利」についてです。

 

子どもを産まなかった後悔や罪悪感はゼロ

今回は「出産の呪い」で生きづらさを感じる人に向けて書きたい。

「女は子どもを産むべき」というジェンダーの呪いは未だに根強い。

「女には母性があるんだから、子どもを欲しいと思って当然」「子を産み育てるのが女の幸せ」

そんな呪いがはびこる世界で、私は選択的子ナシ(46歳)として生きていて、子どもを産まなかった後悔や罪悪感はゼロである。

それは私がフェミニストだからだと思う。

30年前に田嶋陽子さんが書いた『愛という名の支配』には、次のような文章がある。

『「母性」は、甲板の上にいる男たちが船底の女たちに容認した唯一の権利であり、また、男社会が女に与えた唯一の権力でもあったということです。

女がほかの権利や権力を主張したら、かならず頭をたたかれました。

逆から言えば、男社会に連れてこられた女たちは、「母性」にすがって自己の存在価値を主張する以外、なにも存在理由がなかったのです。

女たちがこれまで「母性」にすがりついてきたのもそのせいです。

ですから、いわゆるカッコつき「母性」というのは、制度化された女の権力と言えます。その範囲でなら女は十二分に力を発揮せよと、男社会からお墨つきをもらっているんですね。

そこに女の力がすべて押しこまれてしまったとも言えます』

『これまでの男社会では、女の人は自分がなんとかサバイブする(生き残る)ために、男社会の価値観をそっくりとりこんで内面化していくしかなかった。

というか、必死に生きようとする女ほど、賢い女とか、よくできた人ねと言われるように、男のものの考え方を学んで、それを自分のものにしてきた。それが知的なことだと思わされてきたのです。

男社会の優等生たち、いわゆる良妻賢母と称される人たちはみんなそうです。女は男社会に順応し、その価値観を受け入れて、みんなその価値観の代理執行人になっていく』

田嶋先生、尊い(合掌)。

つまり「子を産み育てるのが女の幸せ」と洗脳した方が、男社会にとって都合がいいのだ。

こうした呪いのからくりがわかると「そんなもんに騙されてたまるかよ!」という気分になる。

 

恋愛結婚出産は個人のプライバシー。他人が土足で踏み入るべきじゃない。

フェミニズムを摂取して血中フェミ濃度を高めると、ジェンダーの呪いが軽くなるのでおすすめだ。

かつ、ジェンダーの話ができるフェミ友を作るともっといい。「女は子どもを産むべき、それが女の幸せ!!」とか言うてくるフェミニストはまずいないから。

「女は子どもを産むべき」とか言うてくる人は、バウンダリー(境界線)がわかっていない。

自分と他人は別の人間なのだ。人それぞれ考え方や事情があるし、それをいちいち話したくない場合も多い。

恋愛結婚出産は個人のプライバシーであって、他人が土足で踏み入るべきじゃない。

なので「子どもを産むべき」的な発言をされたら「私は女として何か欠けているのかな」と悩むんじゃなく「この人は人としてデリカシーが欠けているな」と思おう。

同世代の女友達は「子どもの頃から、子どもが欲しいと思ったことが一度もない」と話していた。彼女は男いらずの完全生命体タイプで、シングルで快適に暮らしている。

この彼女のようにスパーンと言い切れる人は少ない。「絶対欲しいとも言えないし、絶対欲しくないとも言えない」という人が多数派なんじゃないか。

特に30代の女性は、産むか産まないか問題に悩む人が多い。そもそも30代は悩めるお年頃だが、出産については肉体的な期限があることが大きいだろう。

もし自分の子を産みたいのであれば、産めるうちに判断しないといけない。

恋愛や結婚は何歳になってもできるが、出産はそうじゃない。取り返しのつかない選択を間違えたくない、という気持ちはよくわかる。

同世代の子ナシの友人たちは「正直(ほぼ)妊娠不可能な年齢になって楽になった。もう産むか産まないか悩まずにすむし、周りもゴチャゴチャ言ってこないから」「産まない人生という方向が決まると、現在と未来をどう充実させるかに集中できるようになった」と語る。

この言葉に全力で膝パーカッションだ。この私ですら、出産についてはうっすら迷いがあったから。

 

養子を検討するという選択肢も

私の場合、夫に出会って「自分は子どもが欲しくない」と気づいた。

毒親育ちの私は「家族」が欲しくてたまらなかった。そして、いつか自分も子どもを産むのかな?と思っていた。

この「家族」に子どもも含まれていたのは、「両親と子どもがいて家族」というイメージを刷り込まれていたからだろう。

でも夫に出会って「あ、違ったわ。私が欲しいのはパートナーであって、子どもは欲しくないんだ」と気づいた。

夫も子どもを望んでいなかったので、我々は子どもを持たない人生を選んだ。これは我々二人の選択であって、もちろん他人に勧める気も押しつける気も一切ない。

拙著『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』に書いたように、私は40歳の時に子宮全摘手術を受けた。

私は「さらば~子宮よ~」みたいな感傷はゼロだったし、一刻も早く子宮とおさらばして生理の苦しみから解放されたかった。

それでも40歳まで先延ばしにしたのは「もし万一、子ども欲しくなったらどうしよう?」という不安があったからだ。

もし万一、雷に打たれるとか神社の階段から落ちるとかして、子どもが欲しくなったらどうしよう。その時に子宮とるんじゃなかったと後悔するのはイヤだし…

と思っていたが「いや、べつにその時は自分が産んだ子じゃなくていいや」と気づいた。

私は血のつながりに興味がないし、むしろ血がつながってるからややこしいという意見だ。

遺伝子を残したいと思ったことも一度もないし、私と夫も生物学上は赤の他人だし、子どももそれで全然オッケー。

もし万一子どもが欲しくなったら、養子を検討すればいいのでは?

夫にその話をすると「もし養子を迎えるなら、アフリカやブラジルから迎えたい」と言うので「それはマドンナとかアンジェリーナ・ジョリーじゃないと無理じゃないか?」と答えた。

ちなみに養子や里親については、こちらに詳しく載っている。
https://fosteringmark.com/recommend/keep/

このサイトによると、法的にも家族となることを目指す「養子縁組里親」や「親族里親」以外にも、「養育里親」や「専門里親」といった形もあるそうだ。

『施設で暮らす子どもたちを数日間預かるボランティアの家庭を「季節里親」や「週末里親」と呼んだり、子どものショートステイを支える家庭を「ショートステイ里親」と呼んだりして、子どもたちの家庭的な体験を促す取り組みをしている自治体もあります』

『現実に子どもの養育と生計維持が可能であること、さらに子どもの養育に関する知識・経験を有するなど、子どもを適切に養育できることが要件となります。その要件を備えていれば、単身者でも可能です』

『里親を必要としている子どもたちやその家族は、頼りになる大人とのつながりが少ないのが現状です。子どもたちのために、多くの人たちが、少しずつでいいので、支えていく必要があります。
みんなで少しずつ、そして互いに協力しながら子どもたちの家庭養育を支えていくこと。それがこれからの里親養育に求められています』

 

子どもに関わって支えていく方法はいろいろある

自分が子どもを産まなくても、子どもに関わって支えていく方法はある。

私の場合は仁藤夢乃さんのColaboなど、困難な状況にいる子どもへの支援をいくつか続けている。

また「子どもの権利を守ろう」「子育てしやすい社会にしよう」といった発信も続けている。

日常生活では、ベビーカーのお母さんがいたら「手伝いましょうか?」と声をかけるし、電車で赤ちゃんが泣いていたら笑顔で手を振って「大丈夫ですよ」とアピールをしている。

こうした周囲の小さな行動によって、子育てしやすい社会に変えていけると思うから。

それでも「あなたのように産まない女がいるから少子化が進む」とか未だに言うてくる奴がいて、しばいたろかと思う。

そういう奴には「病気で子宮をとったんですよ、とった子宮見ます?」とグロ画像を見せたろかと思うが、優しいので言葉でバチボコに言い返している。

言い返す言葉のバリエーションは拙著『モヤる言葉、ヤバイ人』にみっしり書いたので、参考にしてほしい。

「子どもだけでも産んでおいたら」「産まないと後悔するよ」と余計なお世話オブザデッドな発言してくる奴にビシッと言い返すと、スッキリして心がちょっと軽くなる。

立場的にビシッと言い返せない相手には「えっ…大丈夫ですか? 今そういうこと言うとセクハラで訴えられちゃいますよ?」と心配するフリをして、後ほどコンプライアンス室とかにチクるのがおすすめだ。

以前のコラムに書いた「さしすせそ」も活用してほしい。

「さすが~!昭和生まれは伊達じゃない」
「知らなかった~!特技はマンスプなんですね」
「すごーい!『時代錯誤』の例文みたい」
「センスいい~!安土桃山生まれですか?」
「そうなんだ~!すみません、あなたの話に興味ないです(苦笑)」

こう言い返されると中高年はギャフンとなるのでおすすめだ。昭和生まれは「ぴえん」じゃなく「ギャフン」だ。

 

「女は子どもを産むべき」という呪いが生み出すもの

私が選択的子ナシを表明するのは「子どもを産まない選択を批判する方がおかしい」という意見だから。

選択的子ナシを表明すると「産みたくても産めない人もいるのに」と批判してくる人がいる。

「産みたくても産めない人もいるのに、産まないなんておかしい」と批判する人は「女は子どもを産むのが自然、産まないのは不自然」と考えており、その価値観こそが産みたくても産めない人を苦しめている。

私は子どもを授からなかった方から「子どもがいなくても楽しそうなアルさん夫婦の姿が励みになった」と感想をよくいただく。だからこそ、己のスタンスを明確にしたいと思う。

なにより、私はジェンダーの呪いを滅ぼしたいガチ勢である。

「女は子どもを産むべき」という呪いは「子育ては女の仕事」「母親は子どものために犠牲になるべき」という呪いにもつながっていて、ワンオペ育児、待機児童問題、マタハラやマミートラック、男性育休の取りづらさ、男女の雇用や賃金格差、女性管理職や女性政治家の少なさにもつながっていて、その結果ジェンダーギャップ解消が進まない。

そんなふうに全部つながっているのだ。

この呪いのループが見えてくると「我々の世代で断ち切ってやる!」と強い気持ちになれる。

また私は子宮をとって健康になり幸福度が爆上がりしたが、「子宮をとると女じゃなくなる」的な呪いから手術を拒み続けて、症状が悪化する患者さんもいるそうだ。

その根底にも「女は子どもを産むべき」「妊娠出産こそが女の価値」という呪いが存在する。

私に陰陽師的なパワーがあれば、九字の呪文とか唱えて呪いを滅ぼせる。でもそんなパワーないし中年なので呪文も覚えられないし、もちろん飛行石も持っていない。

だからみんなで力を合わせて、ジェンダーの呪いを滅ぼそう。そして産みたい人が好きなだけ産めて、産まない人が責められない社会にしよう。

次回は「恋愛の呪い」で生きづらさを感じる人に向けて書きます。

 

 

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